PRIDE男祭り2005 観戦記:ビバ!マーク・ハント
僕は大の格闘技フリークで、12/31のPRIDE男祭りではマーク・ハント がミルコ・クロコップと対戦するということで、この日を待ちに待っ
ていた。
彼を最初に見たのは、K-1WGP2000のオセアニア大会。以降2001の予選も制し、K-1WGP2001決勝では当時無敵を誇っていたジェロム・レ・バンナを失神KO、ついにK-1王者に登りつめた。
彼の魅力は、常に前に前に出て相手を叩きのめそうとする、そのアグレッシブなファイトスタイル。
特にビッグマネーがかかるとそれは更に加速する。
彼のファイトは、ファンを絶対に裏切らない。まさに男の中の男だ。
K-1WGP2001開幕戦でのレイ・セフォーとのド突き合い、K-1WGP2002パリ大会でのバンナとの壮絶な壊し合い、K-1WGP2002決勝でラストラウンド終了間際土壇場でバンナからダウンを取った恐るべき底力、そして2004年PRIDE男祭りでヴァンダレイ・シウバを圧倒したパワーと威圧感。本当に魅せてくれる。
今回のミルコ戦は、実はリベンジマッチでもある。
K-1王者となった翌年の3月、ミルコは左ハイキックでダウンを奪い、判定でハントを降している。ただあの試合を振り返るに、ミルコはダウンを奪った後、KOを狙いに行かず、逃げ回って判定に持ち込んだという内容。常に攻めの姿勢を見せていたのはハントだった。
とはいえ実は僕はミルコのファンでもある。それだけにあの試合のミルコの姿勢にはがっかりだった。たまにそういう気を抜いた戦いをするところが、唯一彼に物足りなさを感じる部分だ。
ついにハント対ミルコのゴングがなった。ミルコが左ローでハントの動きを止めにかかる。下を見せておいて、ミドル、ハイと打ち分ける。蹴りのスピードがいつにも増して早い。
しかしハントは前に出る。パワーで押す。特に左ジャブフェイントからの渾身の右ボディは圧巻!膝が崩れそうになるミルコ。
ミルコも負けていない。普段見せない踵落としをヒットさせ、さらに左ハイが完璧に入った。
ハント倒れるか?!しかしここがハントの真骨頂、倒れるどころかハイが入った直後から怒涛のラッシュを仕掛ける。
そしてついにミルコの悪い癖が出た。左右のステップで逃げまくる。
何でレフェリーはイエローカードを出さないのだろう?僕の頭に疑問がよぎる。ハントはまたかよーといった表情。
ミルコは発熱で体調が悪いとのコメントがあったが、そんなことは関係ない。大事な試合を前に調整をしてこなかった方が悪いのだ。
そして終了のゴング。
当然3-0だと思いきや、1人がミルコに入れた。なぜ?会場からはブーイングの嵐。
勝利はしたもののKOできずに悔しそうなハント。
最後の最後まで攻めの姿勢を崩さなかったハント。ビバ!マーク・ハント!!
2006年はPRIDEに本格参戦。
まずはアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラが登竜門といったところか。
忘れてはならないのがセルゲイ・ハリトーノフ。こいつは相当強い。なにせロシアの現役のパラシュート部隊に所属するコマンドサンボの使い手なのだから。
そして皇帝エメリヤーエンコ・ヒョードル。彼ももとはここに所属していた。アホみたいに強い。超高速で重いロシアンフックも凄いが、彼の一番の武器は懐への飛び込みから相手をテイクダウンするまでの超人的なスピードにあると僕は思う。あのノゲイラでさえも反応できず、面白いように転がされていた。
PRIDEの頂点に登りつめるには、彼らを撃破しなかればならない。
しかしハントなら必ずそれができるはず。マーク・ハント、ボンバイエ!
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